『魔法少女まどか☆マギカ』を語るとき、「希望」と「絶望」という言葉は欠かせない。
この作品では、二つは単純な正反対として描かれていない。
むしろ、希望があるからこそ絶望が生まれるという構造になっている。
希望があるから絶望する
何も期待していなければ、失望することもない。
逆に、大きな期待を抱いているほど、それが崩れたときのショックは大きくなる。
『まどマギ』では、この仕組みが魔法少女システムそのものに組み込まれている。
願いを叶える。
希望を与える。
その後、その希望が崩れる。
そして絶望する。
非常に残酷な循環だ。
「希望を持つこと」は悪いことなのか
ここで難しいのが、希望そのものを否定できないことだ。
まどかたちは、希望を持ったからこそ誰かを助けようとする。
未来を変えようとする。
つまり、希望には人を動かす力がある。
問題なのは、希望を持つことではなく、希望だけを見て、その裏側にあるリスクを考えないことなのかもしれない。
まどかは希望そのものを変えた
最後にまどかが選択したことを考えると、彼女は「絶望をなくす」だけではなく、希望と絶望の関係そのものを変えようとしたようにも見える。
それまでの世界では、魔法少女の希望は最終的に絶望へ向かってしまう。
まどかは、その構造を別のものへ変える。
これは作品全体のテーマに対する、一つの答えなのだと思う。
まとめ
『まどマギ』における希望と絶望は、単純な善と悪ではない。
希望があるから絶望が生まれる。
しかし、絶望があるからこそ、それを乗り越えようとする希望も生まれる。
この二つは完全には切り離せない。
だからこそ、『まどマギ』は暗い作品でありながら、最後には「希望」という言葉が非常に大きな意味を持つ作品になっているのだと思う。



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